氷室冴子作「銀の海金の大地」(集英社コバルト文庫刊)の文章をつぶやきます。
  • いつか大きくなって邑長をひきついだら、あの女を東国に帰してやってもいい。きっと、あの女は喜ぶだろう。そう夢想することは、自分が邑長になる未来を夢見ることであり、女を救い出す英雄を夢見ることでもあった。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • その声を聞くために、昔語りをねだったものだ。そのうち小由流がみっつにならないころ、疫病であっけなく死んだ。婢女がひとり死んだくらいで、なぜ裏切られたような淋しさを覚えるのかわからなかった。それでも淋しかった。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • そのころ、女はなにか東国の昔語りをしてくれたような気がする。今となっては覚えてもいないが、それは真の勇者が、だれかに恩返しされる物語だった……。訛りのある言葉は、ときどき聞きづらかったが、湖のうえを渡る風のように涼しげな声が好きだった。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • 奴婢部屋に放りこまれたままの小由流の母は、やがて小由流を産んだ。幼い忍人はたびたび食べ物や衣をもって、奴婢部屋に遊びにいった。女が心底、ありがたそうに微笑むのを見るのが、わけもなく楽しかった。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • 身は奴婢でいいと真秀は思った。飾る玉ひとつない身でかまわない。死んでなお、金と武具で目映く飾られたいとは思わない。けれど生きているかぎり、だれにも跪かない者になる。真秀という名の領土にふさわしい、ただひとりの王になる。~氷室冴子作・「銀の海金の大地6」

  • だれも波美王をひとつところに縛りつけることはできないのだ。そういう生き方をしている男だと、真秀はもう知っていた。~氷室冴子作・「銀の海金の大地6」

  • 「だれの支配も許すな。王にふさわしいことをしろ」そういうなり、波美王はすっと腰を落として、爪先だちになった。走りだそうとしているのだ、風のなかに。波美王の心はもう、この場から翔びたっている。~氷室冴子作・「銀の海金の大地6」

  • 「そうだ。おまえは美知主のものでもない。佐保彦のものでもない。御影や真澄のものでもない。おまえは、おまえのものだ。おまえは真秀という名の王国の、ただひとりの王だ。王なら、その領土をいのちがけで守れ。けっして、人にあけ渡すな。」~氷室冴子作・「銀の海金の大地6」

  • 「みじめに生きるのも、誇りかに生きるのも、心ひとつだ。いのちある者はかならず死ぬ。だったら王として生き、王として死ね」「王として……」~氷室冴子作・「銀の海金の大地6」

  • 盗賊とも人殺しともつかない男とは思えない、厳かなしぐさだった。波美王の頬を横ぎる傷痕がわずかにひきつった。笑ったのかもしれなかった。「忘れるな、真秀。ヒトはだれでも、われという名の領土をもっている。そこには王と奴婢が共棲みしている。」~氷室冴子作・「銀の海金の大地6」

  • 「俺たちは棲処をもたない民だ。だが、ひとつの領土をもっている。われという名の王国だ。それはここにある。死ぬまで」そういって波美王は拳で、彼の胸をそっと押さえた。~氷室冴子作・「銀の海金の大地6」

  • 「おまえは狼と山犬の守りをうけた身だ。その牙と爪で生きていけ」真秀はあらためて波美王をみつめた。なぜかもう、この男を憎んでもいない。この男にさらわれたことさえ夢のように思える。さっき胸をかすった怒りさえ消えていた。~氷室冴子作・「銀の海金の大地6」

  • 「足の噛み傷は一生、消えないだろうが、恥じることはない。能なしの姫どもの足首を飾る、どんな珍しい玉よりも美しい傷だ。誇らしい英雄の傷痕だ。俺たちの一族では、身に残るはじめての傷をつけた獣が、その者の守り神になる。」~氷室冴子作・「銀の海金の大地6」

  • 「見ていた。みごとだった。俺の目は、夜闇も見る。血を浴びたおまえは、はじめて獲物をしとめた狼のように誇りかだった」それは褒めことばにしては奇妙だったが、波美王にとってはこのうえない褒めことばかもしれない。~氷室冴子作・「銀の海金の大地6」

  • 「おまえが猟犬を殺すところをみた。借りを返すために、あそこで出ていっても良かったんだが。おまえはきっと、自分の力で殺るだろうと思った」「あんた……あの夜も……」~氷室冴子作・「銀の海金の大地6」

  • 鷹のように鋭い目には、それまで見たことのない親しい笑みが浮かんでいた。波美王はこのとき一瞬だけ、真秀に心をゆるしているかに見えた。~氷室冴子作・「銀の海金の大地6」

  • 波美王は笑いながら膝をついて小太刀を拾い、ふいに真秀の足をつかんだ。猟犬に噛まれたほうの足首だった。ぎょっとして思わず見下ろした真秀は、自分を見上げた波美王の鋭い目に射抜かれて、たじろいだ。~氷室冴子作・「銀の海金の大地6」

  • 真秀とともに墳墓に残ってくれた。いま信じるものがあるとすれば、それは小由流だった。「小由流を助けるわ、たったひとりの友だちを」「-それなら、いけ」~氷室冴子作・「銀の海金の大地6」

  • なにが真事なのか見極めることもできない。でも信じたいものがあると真秀はふいに思った。さらわれてきた真夜中から、今までの半日。たったそれだけしか一緒にいなかった。それでも真秀を慰めようとする優しい真心を、いつも感じていた。~氷室冴子作・「銀の海金の大地6」

  • 小由流のやさしさにお返しがしたくて、棺から盗んだ紅水晶の勾玉をあげたのだ……。波美王がなにをいおうとしているのか、わからない。どう生きたいのか、今はわからない。そんなことは考えたこともなかった。~氷室冴子作・「銀の海金の大地6」