氷室冴子作「銀の海金の大地」(集英社コバルト文庫刊)の文章をつぶやきます。
  • 「王子、実のところ、なにからいうべきなのか、わたしも迷っています。喜ぶべきことではあるのだが、しかし佐保はいま、ひどく混乱している。わたしが早馬を駆けてきたのもそのせいだし、那智が眠ってしまっているのも……わかるでしょう」~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • 口ぶりは優しかったが、いっていることは一瞬の悪意があった。というより悪意を持ちたいと願いながら持てなかった-と告白しているようなものだった。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • 「真秀の身を案じて、王子が思い惑うさまを黙って見物していようと思っていたのですが……あまりに心乱されていらっしゃるご様子なので、つい教えてしまいました」~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • この男はたかが掠り傷よりも少ない血で、顔色を変えている。自分から流す血は、一滴でも惜しいとばかりに。今日一日だけでも、どれほどの血が流されたかも知らずに。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • 真若王は真秀を睨みつけながら、手の甲を舐めた。甲にうっすらと血がついた。真若王の頬が怒りのために赤らんでゆくのを、真秀はひややかに見つめ返した。ふと唇がゆがんだ。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • 真秀は目を瞠いたまま、押しいってくる舌に思いきり噛みついた。はっきりした歯応えがあった。真若王はすばやく身を離して、ものもいわずに真秀の頬を殴りつけた。あやうく馬からずり落ちるところを、髪をつかまれて引っ張りあげられた。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • 「さらわれたわりに、いやに活がいいな、真秀。まあ、いい。それなら息長の若首長の財のひとつを盗んだ罪だ」~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • 愚かな姫と、恋に目が眩んだ男の祭り騒ぎだと波美王はいった。愛する姫を手にいれて逃げるためだったにしては、あまりに血腥いこの祭りには、どんな意味があるのだろう。この死にみちた祭りの果てには、どんな現つが待っているのだろう。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • それはもしかしたら、かわいそうな死にざまの忍人のために流す涙かもしれないし、忍人にとどめを刺さなければならなかった小由流のための涙かもしれなかった。どちらでもいい、今はただ涙が流れるままに泣きたかった。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • 愛する人にとどめを刺すとき、人の心はなにかの限界を越えてしまうのではないのか。ふり返った小由流のぎらつく目を思い浮かべながら、真秀はそう思った。ふいに涙がこみあげてきた。真秀はその場に膝をついて、声を殺して泣いた。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • 小由流はとどめを刺してあげたのだ。愛する兄の、この惨めな死を一刻もはやく終わらせてやりたかったのだと真秀にもわかった。だが、それは小由流にはどれほど酷い役目だっただろう。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • そして左肩からは……-腕がちぎれてなくなっている。その腕が、忍人のかたわらにひっそりと置かれてある。まるで死に捧げられた幣のように、しずかに。苦しみぬいて死んだ男の顔だと真秀は思った。こんなにも無残な死に顔、血塗れの屍は見たことがない。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • 真秀は真若王を押しやって、よろよろと忍人の屍に近づいた。瞠かれた目の瞳が、赤黒く濁っていた。ぽっかりと開けた口のはしからは、涎が糸をひいて流れていた。顔にははげしい苦悶の表情がはりつき、みにくく歪んでいた。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • 「小由流、逃げるのよ、ここから。血腥い淡海から!死んじゃだめだ!」ふり返った小由流の目は血走り、ぎらついていた。その目は、死へ向かう者のものではなかった。小由流は死ぬ気ではない、まだ。真秀が見てとったのは、それだけだった。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • -泣くな。そういおうとした喉を生臭い血が押しあげてきて、息がつまった。やがて、幕が下りるように、すべてが冥い闇のなかに沈んでいった。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • ふいに胸が重くなった。全身がうしろにひっぱられるような凄まじい力を感じる。太刀が心の臓を真上から貫いたのだ。きっと、そうだ……。しずかに自分を見下ろしていた小由流の涙で歪んだ顔が、視界をよぎったような気がした。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • はてしなく遠いところで、小由流が涙声でいうのが聞こえる。だが、それがなにを意味しているのか、もうよくわからない。歌凝姫とはだれだろう、わたしはなぜ死ぬのだろう。わたしはなにを望み、なにを夢みたのだっただろう……。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • 「わたし知ってたわ。兄さまがわたしを憐れんでるだけなのを知っていた。恋する相手じゃないのを知っていた。それでもよかった。ほんとうに歌凝姫が兄さまと逃げてくれるんなら、それでもよかった。ほんとうにそう思っていたのよ……」~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • 小由流はひきぬいた太刀の柄を両手で握りしめて、忍人の胸の真上に持ちあげた。忍人は最期の力をふりしぼって、残る右手で心の臓を指し示そうとしたが、それはもう叶わなかった。せめて小由流が迷わないよう祈るばかりだ。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」

  • わたしはかつて真若王と息長豪族の若首長を競りあった身だ。その死が、こんな惨めなものであってはならない。いのちも尽きかけたこのとき、心のかたすみでそう思っていることを小由流は感じとったに違いなかった。~氷室冴子作・「銀の海金の大地7」