かなしみはときどき とてもあまい とてもやさしくとてもあたたかく ひびわれたわたしのなかにしみとおり

かなしみはときどき とてもあまい とてもやさしくとてもあたたかく ひびわれたわたしのなかにしみとおり みをかたくしほそくとがっていようとする わたしをとてもしずかにとてもこんきよく まるくまるくとかしていくので わたしはもう とてもさからえない ―「かなしみ」

  • 38m

    まさかりの花のなかば あまりにしずか はなびらとはなびらのあわいに ひっそりとたまったくうきは おとにけがされたこともなく すみきってうごかない ひとでいることが 一番つらい四月 ―「花のなか」

  • 1h

    その距離は傾いているので計りにくい 思い入れはいつもすこし重たすぎたり軽すぎたりして 秤の平衡をみだしてしまう ―「センチメンタル・リレイション」

  • 2h

    でもいちばんすきなのはこわれたものたち。宇宙いっぱいにとびたっていくまえの一刻生きていたことはこわれたものたちのかげでそっとやすんでいる。いつもいちばんうつくしくてやさしいのはこわれたものだから。―「生き死にのうた」

  • 4h

    りんごの たねがすき そのちいさな たったひとつぶのなかにある ためらいもなくうたがいもない 未来が すき ―「ひとつぶの種子」

  • 6h

    汗ばんだあなたの裸身を両手で抱きしめるとき。 わたしはのこされた最期の現実に触っているのだ。 もっと多くのものに触りたい手のさびしさは。 氾濫するうつつの映像にただむなしくさしのべられて。 さわれないうつつ、ふれあえないうつつ。 ―「アンタッチャブル・ワールド」

  • 7h

    これからはただ往き往くばかり。 断片からめいめいのたったひとつの像(かたち)へ。 わたしたちは出発するのだけっしてふりかえらない旅を。 生んで・育てて・捨てて・はじめて きれいなひとりになった。 わたしの行く先はだれにも教えない。 ―「旅立つ夏」

  • 8h

    かくも容赦なく のっぴきならずひとであることの あけてもくれてもひとでありつづけることの そのむごたらしさのまんなかをこそ おまえは生きよまっすぐに ―「息子に」

  • 9h

    いく千いく万の蝉たちが さだめどおり蝉になって ひたぶるに夏をおぼれ いとけなくさだめのままに死にたえたとき わたしの蝉は じいいとなく 逝った八月もしらずわたしのなかふかく じいいとなく ―「宿命」

  • 10h

    街じゅうが鏡のようにわたしを映すので わたしは傘を深くさして歩く 傘のしたは やさしい不透明 安易にたちこめて 反射するわたしからわたしを匿してくれる 傘のしたはいい 傘のした だけがいい ―「傘」

  • 11h

    五月はいつも駆けてくる サンダルをぬぎすて スニーカーをぬぎすて すきとおる白い素足で 五月は花から雨へのみじかい五月闇のなかを あっというまに駆けぬけていく 五月は立ちどまったりして うっとりみつめられたりするのが我慢ならない ―「五月」